自分は不幸だと思ってた私が前向きな気持ちになれた方法

人生がつらい。楽しくない。恵まれてない。不幸だ。

そう思ってるあなたの気持ちを前向きに変えられるかもしれません。(宗教とかスピリチュアルとかじゃないので安心してください)

つらい時って、自分をとにかくどん底に追いやってしまいがち。どれだけ恵まれてないか項目を挙げていって、こんなにもつらいことがあるんだ。そりゃ私不幸だよ…と自分で自分の不幸を嘆く。

私は自分を悲劇のヒロインに仕立てることで精神バランスを保っていたのですが、ふと気づいて、それはもうやめようと思いました。不幸でいる自分に浸っているより、幸せと思える生き方をしようと思いました。

あなたに私の方法が合えば嬉しいです。

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不幸に思うことでどんどん不幸になる

私は転勤族の妻です。定住は夫が定年するまで望めません。友達もずいぶん減りました。一ヶ所に留まれないんだから友達関係を持続するのはとても難しいです。

子供もできませんでした。転勤の辞令が出ると、引っ越し作業で大事な排卵日が過ぎていきます。新しい土地に慣れるまでのストレスなどで妊娠に至ることもできませんでした。こんな転勤生活を恨みました。

子供ができないならせめてペットを…と思うのですが、いつも急な引っ越しでペット可の物件を見つけられず飼うことができません。いつ引っ越すかわからないので仕事に出ることもできません。

子供の頃の私はなぜか外国人みたいな顔だったので(普通の日本人家系)、5歳くらいの頃、近所の小学生のお兄ちゃんたちに「外人は町から出ていけ」と散々追いかけまわされました。公園のすべり台から突き落とされたり、石を投げつけられました。大きな石は私じゃなく友達の後頭部に当たって大量出血し、大惨事となりました。

被害者のお母さんは5歳の私に「あんたのせいでこうなった。あんたが当たるべきだったのに」と言いました。私の父がその親御さんを一生懸命なだめてました。

幼稚園で『はないちもんめ』をして遊んでいても、私が外人だからいつも選んでもらえませんでした。(私は日本人)

私がいるとみんなに迷惑がかかるのかなと5歳くらいで考えました。ここで人に気を遣いながら生きて行くことを覚えました。

8歳で遠く離れた町に引っ越し。そこのご近所で最年長子供になった私は2〜6歳の子8人のお姉さんとなりました。子供たちがケンカすると私が仲裁役。うまく仲直りさせられない時はそのお母さん達が私を怒鳴りつけます。泣きながら謝らされました。私の母がお母さんたちをなだめてました。

習い事を始め、近所で遊ぶ機会が減ると「面倒見が悪い」「放棄した」と聞こえよがしに冷たい目で見られるようになりました。大人になった今もそのお母さん達からは無視されます。なぜか面倒見ていた子たちからも無視されてます。

その後も色々ありましたが、キリがないので割愛。

私の不幸を箇条書きにしてみると、

・転勤族で定住できない
・自分の仕事を持てない
・子供ができなかった
・ペットが飼えない
・友達が減る、できない、孤独
・近所の大人からいじめられていた
・子供の頃外人扱いされ殺されかけた

けっこう恵まれてないですよね。「全然不幸のうちに入らない」と思う人もいるかもしれませんが、もっとシャレにならない話もまだ3つ4つあります。色んな人が読む場なので言いません。

精神的に疲れてくるとこれらの不幸一覧を思い出し、「そりゃ私疲れるはずだよね」と自分で労います。不幸な自分に浸り、幸せそうな人を見て羨み、どんどん卑屈になっていきます。

私はかまってちゃんなのだと思います。親の愛情はちゃんと受けてましたが、外に出ればたくさんの敵意の目を理不尽に向けられてきたので、私は常にさみしい気持ちでいました。さみしい気持ちが卑屈に変わり、かわいそうな自分を見せれば誰かにかまってもらえると思っているのです。

誰もかまってくれないと理解しているのに、不幸自慢をしてしまう。誰かの優しい手が欲しいと思ってる。でも不幸な人のそばにいたい人なんていないですよね、普通。

優しい手がほしいなら自分で這い上がらないといけない。自分で幸せを見つけないといけない。笑顔の人にみんな引き寄せられます。

わかってるけどこれがなかなか難しい。ついマイナスの心に引っ張られる。

でもやっと気づきました。たぶん私は這い上がることができます。不幸を嘆かずに生きていけます。

自分を愛してあげる

こんな言葉気持ち悪いですよね。なんかスピリチュアルなアイテムが出てきそうで嫌です。私は占いも信じないし、スピリチュアルな世界もうさんくさいと思っているし(古代の先住民族のものは別)、天然石のブレスレットで幸せになれるとも思ってません。

でも自分を愛するのはとても大切だと思いました。それに気づいたのは一枚の写真。

私自身の3歳の頃の写真です。

満面の笑みで写っているんです。遊園地に行った時の写真でした。

その写真の自分がとても可愛く思えました。

自分の子供の頃を見て可愛いと思ったのは初めてでした。別に顔がかわいいとかではなく、幼い子って無条件にかわいいじゃないですか。そう思えない人もいるかもしれませんが、私は子供ってかわいいなと思う側の人間でした。

自分の笑顔の写真。無邪気でかわいかったんです。まだ人の悪意を知らない頃。殺されかけてない頃。

この頃の私は毎日楽しいことばっかりだったはず。そんな小さな私が将来こんなに満たされてない人生を送ってるなんて想像もしてないはず。

そう思ったら無性に悲しくなって涙が止まらなくなりました。3歳の私がかわいそうで。この満面の笑顔の子は将来不幸になるの?恵まれてないと悲しみながら寂しい人生過ごすの?「子供も産めなかったし、もういつ死んでもいいや」なんて思う人生を送るの?

そう思ったら、この写真に写ってる子がとてもとてもかわいそうに思えて、「私がこの子を幸せにしてあげなくては!」と思ったんです。

私は親になったことがないのでわかりませんが、この気持ちは我が子を思う親の気持ちそのものなんだと思います。この写真に写る小さなかわいい子は私だけど、私の子供のように思えました。

急に使命感に駆られました。この子を幸せにしようと。どうすればこの子が幸せになるか。それは私が毎日楽しく過ごすこと。とてもシンプルでした。

他人を変えることはできない。でも自分を変えることはできる。他人を幸せにすることはとても難しいけど、この写真の子は自分。自分を幸せにするのは簡単なのではないかと思いました。

自分が心地よいことをするだけでいいのだから。

自分の欲求に全部答えていけば幸せになれる。そりゃ不可能な欲求もあるけど、幸せな気持ちでいようと思っているだけで不幸な気持ちは遠ざかる。とてもシンプルなこと。

写真を持っておく

自分の子供の頃の写真、満面の笑みの写真を手元に持っておくと良いと思います。自分で思わず「かわいい~♡」と思ってしまうような写真。幸せそうな顔の写真。ひょうきんなポーズでもいいですよね。このひょうきんなキャラが将来暗く沈んでるなんて考えたくない。そう思える写真。

アルバムから写真を抜き出して財布や手帳に忍ばせてもいいし、写真立てに飾るのもいい。スマホに撮って『お気に入り』などすぐ見れる場所に置いておいてもいい。いつでも見れるようにすると良いです。

無邪気な笑顔の写真を見れば、つらい気持ちを改めることができます。幸せにしてあげようって思えます。自分のこと幸せにしてあげましょう!

まとめ

自分の子供の頃を可愛い、愛おしいと思えるにはそこそこの年月が必要かもしれません。顔が可愛いではなく、存在が愛おしいと思えるのは、ある程度年を取ったからかなと思います。

ナルシストかもしれません。ナルシストでいいと思います。自己愛は必要。強すぎるとそれはそれでやっかいですが。(*^^*)ちゃんと他人も愛してね

自分を愛おしいと思えると他人にも優しくなれると思います。他人に嫉妬したりしなくなると思います。人の幸せも一緒に喜べると思います。そうなると人からも愛されるようになって、満たされない気持ちはどこかへ行ってしまいます。

私もまだその段階になってないし、もっと早くこの事に気づけたらよかったと悔しい気持ちでいっぱいです。もっと早く気づけていれば、もっと早く心が満たされていただろうに。

でも気づいた今が一番若いので、今から不幸を嘆かない充実した人生を作ります。あなたもこの気持ちになってくれたら本当に嬉しいし、一緒に幸せで満たされていけたら私はまた幸せを感じられます。そうなりたいです。

幸せは無限大!

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